2009年12月30日

置いて乗せて。

寒いと手や身体が温まるまで時間がかかる。ただでさえスロースターターなのにまともに弾けるようになるまでの時間が5割増し。では今日のメモ書きいろいろ。

弓の基本姿勢は「乗せるだけ」。弦の上に弓の毛を乗せて、体にも腕にも力の入っていない状態を作る。

弓の前後の角度。弓の木の部分の重みがいちばん弦に乗る角度。要するに毛の直上に木が来るように。奏者から見るとかなり手前に傾いているようにも見える。

運弓の際には手のひらが弓に乗っかって、弓の毛と弦との摩擦によって安定するような状態をできるだけ保つこと。弓の前後の角度を適正にしたうえでこのことに気をつけると、自然に中指から重量が弓にかかってくれるような気がする。ただし現時点ではこれをやると親指の位置がだんだんずれてくる。手と指の形を保ちつつ手のひらを上手に乗せることが課題。

弓にかかる荷重は腹で受け止める。骨盤を立てる。腹筋に少し力を入れる。腹式呼吸。上体が反り返らない程度に両足を踏ん張る。下半身を安定させて弓の重さと動きを受け止める。

肘は下がりすぎてはいけないが、ただ持ち上げればいいというものでもない。テーブルに手をついて腕の重みを手から指に乗せていくと肘は自然に持ち上がる。この自然な肘の上下方向の動きを感じ取れるくらい腕の関節を柔軟に保つこと。
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2009年12月23日

なんか来た。

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2009年12月19日

あまりにも傲慢。

天皇陛下と習副主席の特例会見問題をめぐる小沢氏会見の要旨(産経新聞)

(引用始め)

(小沢幹事長)「天皇陛下の国事行為は、国民の選んだ内閣の助言と承認で行われるんだよ。それが日本国憲法の理念であり本旨だ。何とかという宮内庁の役人(羽毛田信吾宮内庁長官)が、どうだこうだといったそうだが、日本国憲法、民主主義というものを理解していない人間の発言としか思えない。どうしても反対なら、辞表を提出した後にいうべきだ。当たり前でしょ、役人なんだもん」

(引用終わり)

傲慢とはこのような人のことを言うのだろう。時の政府の勝手な意思で天皇を政治利用しても構わないと宣言したに等しい暴論である。この小沢氏の発言については会見の直後から「国事行為ではなく公的行為に該当するものだ」との指摘が多方面から寄せられ、氏の憲法に関する浅薄な理解が浮き彫りにされたわけだが、ぼくが非常な嫌悪感を持ったのは、「天皇の国事行為」と「内閣の助言と承認」の主客が、小沢氏の理屈では完全に逆転していることである。

小沢氏は記者に対して「君は日本国憲法を読んでるかね?」と宣い、「内閣の助言と承認」を振りかざした。確かに日本国憲法は第三条に「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。」第七条に「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。」と規定しているが、内閣の助言と承認に「基づいて」国事行為が行なわれる、とは一言も書かれていない。氏は自分に都合のいい条文だけを取り上げているが、第一条「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」はまったく眼に入らないのだろうか。そのつまみ食いぶりには恐れ入る。

過去、現在、未来において日本人であった、ある、あるであろう人、それらのすべての人々の「在ること」を背負われ、政治的な信条や利害とは全く別次元においてなされるのが天皇の「国事行為」であろう。日本国民すべての存在を背負われて国会の開会を宣言されるからこそ、その国会が正当性を持つのである。かような「国事行為」の持つ特質、これがまず「主」前提条件としてあり、その特質を純粋な形で保持すべく「従」として静かにサポートする、それが「内閣の助言と承認」ではなかろうか。

一方小沢氏の理屈は主従が全く逆転している。氏の言わんとすることは「内閣の助言と承認」と称するものに天皇の行為を「従わせる」ということに他ならない。「これは内閣の助言と承認である」という体裁さえ整えられれば、時の権力が何らかの恣意的な目的をもって天皇に自らの政治的意図に適う行為を「国事行為」として行なわせることまで可能にしてしまう、実に危険な主張であるとぼくは思う。

「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」である天皇を時の権力に従属させようとすることは、その権力を支持する人も含め、等しく日本国民を侮辱するものである。こういう人物に政治を動かす資格はない。
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2009年12月18日

いろんな思い付き。

2番クーラントは多少マシにはなってきたがまだうまく行っていないところがかなりある。1番のそれより難易度低そうなんて書いておいてなんたるザマ。反省。

さてクーラントをメインに、そしてそればかりやっていると頭が煮詰まってくるのでサラバンド以降をさらってみたり、あるいは1番のクーラントをごにょごにょと弾いたりしながらいろんなことを考えた。

・腕の脱力は身体の安定を保つことを考えながら、肩甲骨を含めた肩ユニットごとドカンと落とすつもりで。

・左右の手の移弦、左手のポジション移動は移動元が地面、移動先が空。しっかりジャンプするためには地面をしっかり踏みしめよう。

・右手の親指に力が入ってきたときは弓の前後方向の傾きをチェック。手の甲の側から重みが伝わるように角度を微調整。もちろん寝かせすぎない範囲で。

・音を出すときは弦が弓の毛との摩擦力によってまず引っ張られ、それから張力によって引っかかりが外れて音が出る。その「弓が弦を弾く」感覚をできるだけ捉えられるようにする。思い切り駒に寄せてゆっくり弾く練習が効果的かも。

・左手の指は指板の表面から5センチ、右手の弓は弦から5センチ奥まで潜らせるつもりで。お好みで10センチでも50センチでもよいが。このとき両手の関節はできる限り柔軟性を保つこと。

・身体が前後左右に流れることによる運弓・運指動作のロスの低減について常に意識的であること。ダウンボウの長い弓のときは右脚で、アップボウの長い弓のときは左脚で、身体と楽器が流れるのを防ぐ。短い弓のときにも要所要所で同様のことを心がけると音がより明瞭になるように思う。

・弓を返すときには速度がゼロになる瞬間を心の眼で見る(笑)

・左手について。3や4の指で押さえるときは、同時に手のひらを逆に指板からこころもち離すくらいの感覚で。これらの指を離すときには逆に手のひらを近づけるつもりで。あくまで自分の感覚に過ぎないが、こうするほうが左手の形が崩れず、力もうまい具合に抜けてくれるような気がする。拡張で3や4の指を使うとき、1の指はむしろ上に引き上げるくらいのつもりでしっかり1の指があるべき位置をキープしたほうが確実に音程はマシになる。左手でも右手でも、手や腕のパーツをごっそり全部移動させようとすると、例えば野球のバッティングやゴルフのスイングでいうところの「泳いだ」感じになりやすい・・・のかもしれない。
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2009年12月10日

背筋力。

ここ数日(毎日できたわけではなかったが)練習を続けていて、どうもおかしかった。右手の形が全然安定せず、中指が浮き、すぐに人差し指で引っ掛けるような弾き方になってしまっていた。で、今日やっとその理由に気づいた。脱力を意識しすぎて肘が下がりすぎていたのだ。弓に腕の重みを乗せる、でなく手が必死こいて弓にしがみついているような状態だったことが分かった。肘をある程度の高さに保ち、その上で移弦の動きに合わせて自然に追従するように意識してみたら概ねうまくいった。

さて今日それに続いて考えたのが、この肘の位置を何によって保つかということ。肩の筋肉を動員したのでは肩関節周辺がもろに硬化するのでよろしくないだろう。やはりこれは左右とも背筋に静加重をかけるような感じで自然に支えてやるのがよさそうな感じがする。ガンガン引っ張り上げるのではなく、安定した下半身の基礎の上に柔軟かつ剛性の高い柱が据えられていて、それが上腕部の位置を保つ、という具合に。

クーラントはいまいち。指の動きが整理し切れてない。ゆっくり練習してプログラムのデバッグを行なう頻度を高めたほうがよさそうである。
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2009年11月29日

祝杯。

前項に書いたとおり今日は練習で結構手ごたえがあったので(もちろん曲でうまく行かないところはまだまだあるけれど)、ささやかな祝杯をあげることにした。・・・まあそういう名目でってことで。

piazzano_bianco_1996.jpg
←ピアッツァーノ・ビアンコ1996年。イタリアワイン。

今日酒屋であれこれ物色していたらラベルがやや古びてちょっと皺になっているこのワインが数本陳列されているのを見つけた。値札は1800円ちょい。10年以上前のワインが200円を切る値段で売られているのは余り見たことがないので、試しに買ってみた。で、今テイスティング(笑)中。いわゆる辛口の酒ということになるのかな。フルーティーというほどではないが香りはいい。口に含むと軽い刺激があって心地よい。後味もすっきりしていて変な味が残ることもない。まあまあいいんではないかいな。・・・誰ですか飲んでるうちに分からなくなるじゃろなんて言ってる人は。事実だとしてもヒドイですよ。

ところで先程コルクを抜いていざ! ・・・と瓶を傾けたが中身が出てこない。よく見るとコルクの底に接するようにグラニュ糖のような結晶が薄い隔壁を作っていた。おそらく酸化防止のための亜硝酸塩が析出してきたのだろう。少し舐めてみたが味はなし。砂を口に含んだみたいでちょっと不快。

さてついでに最近飲んだ酒の中から瓶の写真写りがよいものをふたつばかり紹介しておくことにする。

konteki_jyummai.jpg
←京都・東山酒造醸の純米酒「坤滴」。地場産の山田錦が使われています。素朴で飾り気はないが力強さのある味。お値段は上のワインと同じくらいだったか。


mori_jyummai.jpg
←香川県小豆島唯一の日本酒醸造元・森国酒造の純米酒「森」。こないだ母と小豆島の寒霞渓に行った帰りに蔵元の建物を一部改装したカフェに寄り、そこの物販コーナーで買い求めました。香りは良い。口当たりは華やかだがやや癖もある。ただし不快ではない。後味はすっきりしている。お値段は1200円少々だったと記憶。

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2009年11月28日

45度の効用。

今日は地元の工房さんで弓の毛を交換してもらった。帰ってきた弓に松脂をしゃわしゃわとすり込んでいざ練習。「・・・持ちにくい。」新しい毛に変えて、フロッシュの位置が弓先側にずれるため、親指が慣れた地形で踏ん張れずがくがくしている感じ。しばらくいつもと同じような弾き方で弾いてみたがなかなか改善せず。

というわけで今日は弓の毛のコンディションに左右されにくい持ち方を考えることにし、ものは試しでどこかのサイトで書かれていた「右手甲は45度内側に」を試してみた。実は以前にも何度か試したことはあったのだが、なんか弾きにくい、腕がねじれてる感じがする、等々の言い訳をつけて断念している。

しかしきょうはなぜか違った。右手甲を45度くらい傾け、かつすべての指が弓上でしかるべき位置をできるだけキープし続けるようにしてみると・・・「あれ、これで中指を止め具にして腕ぶらんとしたらダウンボウになるやん。これまでより重みの乗せ方がずっとラクチン」・・・これまで身体全体を使った脱力の仕方を自分なりに考え続けたことがいい方向に作用したのだろうか。そう考えるとちょっと嬉しい。

あとこの持ち方で非常に重要だと思うのが、「手の甲の角度はそのままキープ」ということ。こうすることによって弓の返しの際に中指が適切に踏ん張って弓に重さを伝えてくれるし、返しの間の道中でも弓圧・軌道・速力等がキープしやすい。・・・今後しばらくはこの形を崩さないようにゆっくり練習するつもり。いまやってるバッハ2番のサラバンドなど型を身に付けるのによさそうである。

ついでに書いておくと・・・手の甲の角度は具体的には「弓の尖端を弦に置いたときの手の甲の角度をそのまま手元に持ってくる」のがよいように今日の練習では思った。そういや曲を弾いているときでも弓先になると手の甲を傾けた持ち方になり元弓に近くなるとまたその角度がなくなる、という持ち方をずっと続けてきた。この点がシンプルになってくれればよいと思う。
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2009年11月25日

のだめ完結。

最初ネット上で表紙の絵だけ見て「あれ、ピアノに戻ってる・・・てことは・・・」と思ってたらうどん屋で読んだマガジンの広告にでっかく「完結」と書かれていた。

世間でこの作品の評価が確立したそのかなりあと、テレビドラマやらアニメやらがとっくに終わったあとで単行本を読み始めた。で、結構面白いので今まで買い続けてきた。読んだら姉にパスしたし、掲載誌を含めて他には何も観てないけど。

しかし千秋やのだめと周囲の人たちとの関係、この二人が芸術家としてどのように育っていくのか・・・というお話を一巻で終わらせたのでしょうか。うーん、どうやって締めたんだろ。発売日は明日だっけ明後日だっけ。

第1巻と最終巻のピアノを除くと、のだめが表紙で扱っている楽器は、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン、トランペット、トロンボーン、チューバ、サキソフォン、トライアングル、シンバル、ティンパニ、木琴、ギター、ハープ、指揮、声楽。ヴァイオリン(2巻)とヴィオラ(10巻)を書き分けていることに今頃気づいた。・・・まさか楽器のネタがなくなったから終わる・・・なんてことはないですよねえ。
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もっと弦を押さえて。

今日は練習をサボった。昨日の練習で気づいたことがあったので書いておこう。
指の関節を柔らかく保つこと。身体を安定させ、その上で肩の力を抜くこと。それはそれでいいのだが、力まないように、力づくにならないように、と気をつけるあまり、かえって腕が縮かんでいたような気がする。
それゆえ昨日の練習では強めに腕の重さを載せるように意識し、反発する弦の弾力を指やら手やらあっちやらこっちやらで感じる・・・つもりでやってみた。むしろこの方が関節がほぐれる気がする。ヘナヘナになっていた音量も多少持ち直した。

もひとつ。身体の中心軸を安定させることに加えて、右腕の安定のために右脚の、左腕の安定のために左脚の確実な接地がわりと重要なのではないか・・・ということ。左手がもつれたり音程が馬鹿になったり、あるいは右手が手先だけの苦しいボーイングになっていたり・・・そういう場合にはそれぞれの側の脚がきちんと床を踏んまえてない場合が多いように思う。

右手首が弓に乗っかるように。指は可能な限りすべて所定の位置を保とう。左手は当たり前のことだが移弦のとき指は可能な限り前の弦の上にとどめること。音階的なパッセージを弾くときにこのことと、(開放弦がある場合)開放弦の音が鳴るのをしっかり確認してから次の音を出しに行く(一瞬でも宙ぶらりんになる指が不安がって勝手に降りようとする・・・いや俺がヘタなんだが)こと、このふたつが守れれば音の明瞭さが確実に向上するはず・・・なのだが。
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2009年11月22日

左手親指を自由に。

クーラント相変わらず練習中。前回の記事で「左手が忙しないので発音が不明瞭になりやすい」と書いた17小節以降は今日もあまりうまくいかず。ただ左手の拡張が多いため、伸ばした1の指の緊張が他の指にも伝染しているのではないか、という気はしてきた。明日以降はできるだけ1の指を緊張させないような、あるいは他の指に緊張を伝染させないような方法を考えてみたい。

あとは弓の配分、何箇所かの区切りにリセットポイントを設けてタイミングを取り直す、身体が忙しさに負けて後ろに傾いてきていないかのチェックも。
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