乗り込んだ車両は三つの箱を蛇腹で繋げたような構造になっていて、昨日見たり乗ったりした他の車両に比べて際立って新しい。床もぐっと低く乗り降りに配慮されている。後で調べたら2018年に導入された3000系「ハートラムII」という車両のようだ。
走り出すとサスペンションが優秀なのか、あるいは路盤や線路の状態が良いのか、揺れや騒音は昨日御免町から乗った車両よりだいぶ少ないように感じた。高知城前を過ぎたところで右手のビルの合間に天守が見えた。その場でタブレットを叩いて調べると日本に残る12の木造古天守のひとつがこの高知城天守とのこと。予定には入れてなかったが時間があれば訪れることにする。県庁前を過ぎると両側の車窓から見える建物がだんだん小ぶりになってくる。
やがて電車はぐっと速度を落として鏡川橋電停を通過するとほぼ直角に左カープを切って鏡川に架けられた鉄橋を渡る。2車線ずつのふたつの道路橋にとさでんの鉄橋が挟まれた造りになっている。向かって右、西側の道路橋は増大する自動車交通を捌くために後から付近のバイパス道路ともども整備されたものらしい。ここから線路は単線となる。鏡川橋はとさでんの運行上の区切りのひとつになっており、この先終点の伊野まで行く電車の本数は大幅に少なくなる。橋を渡り終えた電車は今度は右に大きく曲がって、鏡川南岸に造られたバイパス道路のさらに一本南に延びる幅員の狭い道へと進入する。人家に混じってちらほらと商店があるところを見ると、この道がかつての本通りであったのだろうか。それにしても狭い。電車のすぐ脇をかすめるようにして車が通り抜けていく。鴨部、曙町東町、曙町、朝倉、朝倉駅前と、停止位置を白線で描きバス停のような標識を立てただけの、雨避けの庇も乗降ステップも車道との間を区切る仕切りもない「ノーガード電停」が続く。これは別に当方が揶揄しているのではなく、とさでん自身がそう呼んでおり、車内にもその旨注意するようにとアナウンスが流れる。しかし用事があっても乗り降りしようという気分にはなれない。
朝倉駅前を過ぎると右手から県道が合流して漸く道幅は少し広くなり、電停にも車道の反対側だけにはどうにか「ガード」が付くようになる。見通しの効かない細い脇道がいくつもあり、電車はそうした箇所に差し掛かるたびにクラクションのような音色の汽笛を鳴らして通過し、やがて緩い峠をひとつ越え、いの町に入る。元はJRおよびとさでんの駅名表記と同じく「伊野町」であったが、2004年に隣接する2ヶ村と合併して以降は現在の平仮名表記となったとのこと。丈の低い人家、学校、広い駐車場を備えたショッピングセンターなどが続く鄙びた郊外の街並みを通り過ぎる。
用を足したくなったので終点のひとつ手前の伊野駅前で降りる。JR土讃線伊野駅の最寄りにある電停だが開業したのはとさでんのほうが先である。眼の前にあったコンビニでトイレを借りたのちあとひと駅の線路を見やる。線路の先が家並みの向こうに隠れているように見え、あの向こうに伊野電停があるのかと思いながら近づいていくと、隠れたように見えたところがそのまま線路の終端であり、「伊野駅」と書かれた小さな駅舎というか待合所のような小ぶりな建物がひっそりと佇んでいた。駅間距離は130メートルほど。昨日通った一条橋-清和学園前間に比べればその倍あるがそれでも随分短い。薄暗くがらんとした伊野駅舎の内部を少し眺めてから、電停前に延びる道を西に、電車の進んできた方向に歩いていく。
(続く)