こまち16号は奥羽本線のローカル駅をいくつも通過しつつ、大曲で進行方向を変え田沢湖線に入ります。

やがて角館到着。ここからは秋田内陸縦貫鉄道が分岐します。定刻ではこの駅を12時49分に発車しますが、画像ファイルの日付を確認すると12時51分に停車中の車内から撮影した画像があったので、若干の遅れが生じていたのかもしれません。
縦貫鉄道の線路は角館を出発後20秒くらいこまちの走る田沢湖線と並行してから、ふいと向きを変えて田園地帯の中を北のほうに見える山々の裾に向かって消えていきます。また来ることがあったら乗ろう、それまで残っていてほしいなあ・・・などと思いながら車窓の彼方に去っていく線路を見送りました。こまちは田園地帯を北東に進んだのち、国道46号線とほぼ並走しながら田沢湖駅へと至る山越えの線路に入ります。

山越えの車窓からみた紅葉。すでに葉を落とした木々が半分以上に達しており、最後の輝きといった感じでしょうか。

国道沿いに馬小屋がありました。

田沢湖駅少し手前の車窓から見える紅葉。こちらは先ほど越えてきた山間の沿線より幾分紅葉の残っている木々の割合が多いように思いました。

田沢湖駅を越えると列車は再び山中に入り、多くのトンネルをくぐり、時には谷を流れる川と並行します。このあたりの木々はもうすっかり葉を落としていました。撮影時間から推測するとこの写真は貝吹岳-地森-五番森と続く尾根の下を長いトンネルで一気に越えた直後、地図上では「大地の沢」と記されたあたりで撮影したと思われます。

やがてだんだんと視界が開け、北のほうに岩手山が見えてきました。まだ鳥海山のように雪はかぶっていなかったようです。
列車はなだらかになった地形の中を快調に走行し、盛岡に到着。ほぼ定刻の到着だったと思います。

こまち16号はここ盛岡で八戸からやってきたはやて16号と併結されて東京へと向かいます。
列車が停止するちょっと前に席を立ち、ドアの前で扉が開くのを待っていました。しかしホームに列車が止まっても扉が開かない。あれ? 空かない扉があるのか? とちょっと慌てて近くにいた車内販売員とおぼしきオネーサンに「すいませんここで下りるんすけど」と訊ねたら「あー、連結作業やってますんでー」と落ち着き払ったご返答。そういやさっきアナウンスがあったような・・・ともかく、停止してちょっとだけ動き、を二度繰り返したのち、三度めの停止でやっと扉が開き、盛岡駅のホームに降り立つことができました。次は12分の待ち合わせで宮古方面に向かう山田線の快速「リアス」に乗車します。
鶴岡で友人との交歓を終えたのちまっすぐ徳島に向けて帰らなかったのは、「せっかくだからこの機会にかの有名なローカル線の岩泉線に乗っておこう。11月も中旬を過ぎて日没も早くなってきているはずだが少なくとも途中までは景色も見られるだろう」・・・と考えたからです。山田線に乗るのはいわばその「ついで」というか、岩泉線にアクセスするためには乗らなきゃしゃーない、くらいに考えていたのですが・・・乗ってみて初めてその岩泉線にも負けず劣らずのローカル線らしさを体感することになりました。

盛岡駅在来線2番ホームで出発を待つディーゼル2両編成の山田線快速リアス。・・・今回の旅行で110系車両にお世話になるのは何回め?
列車は定刻13時51分に盛岡駅を出発。乗客は数人の男子高校生とほかには車内にちらほらいる程度。この列車ははじめ上盛岡、山岸、上米内の各駅に停車します。上盛岡と山岸はまだ住宅地の中。

山岸-上米内間。
そこから列車は山中に入り、ローカル線の雰囲気が高まってきますが、次の上米内駅の近くには地図で確認すると山を切り開いて作られた住宅街がいくつかあり、そこそこの人口を擁しているようです。付近には国道455号線(小本街道)も通っていて、盛岡市中心部へのアクセスは思ったほど悪くはなさそうです。

上米内駅到着。
ここで男子高校生のほとんどと、それに加えて何人かの乗客が下車。もとから空いていた車内にはぼくを含め片手で数えられるほどの乗客しか残っていません。さてここからいよいよ列車は深い山中に分け入り、途中の小駅を通過しながら進みます。ただし快速と言っても山中をしきりに蛇行しながら走るのでさほどの速力は出ません。時刻表を見ると14時06分に上米内の駅を出発後、大志田、浅岸、区界、松草、平津戸、川内、箱石と通過して陸中川井の駅でやっと停車するまで1時間12分、ひたすら走り続けます。運転手さんの集中力を心配してしまうようなこの「ずっと走り続ける時間」は、今回の旅行の3日めに乗った三江線のような、乗り降りのほとんどない駅にひとつずつ丁寧に止まっていく列車とはまた別種の寂寥感を感じさせます。
上米内駅を出発後ふと思い立ち、デジカメの動画撮影機能を使って山中の蛇行するレールを昇っていく様子を録画してみました。1分30秒弱の短い映像ですが、せっかくなので貼っておきます。撮影時刻から推測すると、上米内と大志田のほぼ中間くらいのところだろうと思います。
実のところもうしばらく録画しようかなとも思ったのですが、電池の残量が心配だったし、あまり変化のない光景を延々と撮影し続ける値打ちがあるのかなと思ったりもしたのでやめました。でも帰宅後PCで再生してみて「せめて3分くらい録っとけばよかったか・・・」などと今になって思っています。人生は後悔の連続です。閑話休題。
大志田駅は撮影失敗。駅近くの廃屋とおぼしき民家を通過直後に無理矢理カメラに収めるのが精一杯でした。そこから10分ほど走ったところでようやく次の浅岸駅が見えてきました。

一見大志田駅とほとんど変わらない、小さな待合室とホームだけの簡素な駅です。違いは浅岸駅にのみ待合室の屋根の上にストーブの煙突が見えていたことくらいでしょうか。
実はこの列車に乗るまでは岩泉線の分岐する茂市駅にたどり着くことばかり考えていて、これらの駅のことは気にも留めていなかったのですが、両駅の周囲の荒涼とした情景を目の当たりにしてもしや・・・と思ってあとで調べてみたらやはり両駅ともいわゆるトップクラスの「秘境駅」にランク付けされている駅でした。列車の運転頻度から言えばこの先の区界、松草、平津戸と極端な差はないのですが(ただし区界には昼間の時間帯に2往復の快速のうち上下1本ずつが停車)、周辺の光景はそれらの駅とは別格でした・・・別格という言葉を使ってよければ、ですが。

浅岸駅通過直後に見えた廃屋。遠目から見てもそこそこ立派な構えでしたが・・・。
列車は上米内出発後、30分近くも山中を走ってようやく峠の駅・区界に接近します。ここから列車は宮古に向けてひたすら下り坂をたどって行きます。

駅員さんが出迎えてくれているのが見えます・・・ですがこの路線の2本の快速列車のうちぼくの乗ったほうはこの駅も、速度こそ若干緩めるもののあっさり通過します。

区界-松草間その1。区界駅を通り過ぎてまもなく、この駅から並走し始めた国道106号線(閉伊街道)と線路の間の土地に、背の低い長屋のような建物が固まって建っている場所がありました。わずかに人の住んでいる様子も窺うことができましたが、大部分は廃屋然とした様子でした。背後の山はおそらく兜明神岳(かぶとみょうじんだけ)。

区界-松草間その2。国道沿いにいくつか民家が点在していましたが、人の気配はあまりにも少なく、いささか背筋が寒くなるほどでした。

区界-松草間その3。このあたりではすでに木々はすっかり葉を落としていました。

松草-平津戸間。延々と続く裸の木々、閉伊側上流の流れ、対岸の国道をぽつぽつと通る車、レールの継ぎ目の音、カーブのたびに車輪が軋む音・・・眼と耳の感覚が知らず知らず鋭くなってくるようです。

川内駅付近に近づくと、ようやくまとまった集落が見えてきました。

川内駅は交換設備を備えた有人駅で、山田線の途中駅では区界駅と並んで立派な部類に入ります。ですが快速はなぜか4本すべて通過。

箱石駅近辺の集落。

陸中川井駅に到着する少し前。閉伊川の対岸、川井村の中心部の集落にあった貯木場。となりには同じような貯木場がもうひとつありました。

陸中川井駅到着。ほとんどダイヤに狂いなし。運転士さんの優れた技量を感じます。

陸中川井-腹帯間。だいぶ下ってきたためか、このあたりではまだ紅葉が幾分残っていました。

腹帯-茂市間。腹帯駅を出てしばらくの間は線路と道路が閉伊川のカーブする流れに合わせ、寄り添うように進みます。

定刻15時34分、茂市駅到着。
岩泉線の列車が発車するまでの時間はわずか6分。宮古からやって来ている列車が1番ホームに乗客を乗せて待機しています。跨線橋を渡り、用を足しておき、出発間際まで写真を撮ってから列車に乗り込みました。

茂市駅1番ホーム。

発車時刻を待つ岩泉行きの列車。もはやおなじみの110系単行ディーゼル。

1番ホームから。左は今まで乗ってきた山田線陸中川井方面、右が岩泉線です。
列車は定刻15時40分に出発。意外だったのですがワンマン運転ではありませんでした。運転士さんが新人さんらしく、指導員らしき人がずっと横についていたので、特別な措置だったのかもしれませんが。運転士さんは出発前に指導員に氏名と所属を述べ、「よろしくお願いします」と頭を下げていました。安全運転でガンバレ。
・・・さて乗客は思っていたより多く、20人くらいはいたでしょうか。記憶違いかも知れませんが隣の岩手刈屋駅で4人から5人くらい、三つめの岩手和井内駅で2人もしくは3人くらい降りていたように思います。

岩手刈屋駅。

岩手和井内を過ぎると、山中を走る鉄道の雰囲気が濃くなってきます。

いわゆる「秘境駅」として名高い押角駅に接近。降りてみることも一時考えていましたが、折り返しの列車が来るまでには間違いなく真っ暗になってしまうので岩泉線完乗を優先しました。

駅名標の向こうに一軒だけ民家とおぼしき建造物。しかし住人の気配はありませんでした。
その後は押角の次の岩手大川、そしてその次の浅内駅で1人ずつ下車。二升石を過ぎ、岩泉駅に到着する前に車掌さんが切符を集めに来ました。ぼくはこの日の切符として「鶴岡-岩泉」「岩泉-宮古」の連続乗車券を買っていたので、1枚めの切符を差し出し、「使用済みのハンコを頂きたいのですが・・・」とたずねました。車掌さんは券面から当方がどういう質の乗客であるかを読み取ったらしく、はい分かりましたと言って切符を預かると車両後部へ。数分たってから戻ってきて切符を返してくれました。・・・それが前半のエントリの冒頭に掲げた切符です。ボールペンの手書きで「使用済み」と書いて車掌さんのハンコが押してありました。

岩手大川駅の駅名標。

浅内駅。待合室とホームがえらく離れています。三江線の船佐駅と同じく、かつてこの駅に列車交換の設備があったことの名残だそうです。
定刻16時33分に列車は終点岩泉に到着。駅周辺はすでに日が落ちて真っ暗。降り立った乗客は7人から8人ほどでした。

ホームから駅舎へは階段を10段ほど降ります。大きな字で「歓迎 ようこそ岩泉へ」と書かれていますが、現在当地に訪れる観光客のほとんどは盛岡などからバスを使うそうです・・・。

ガランとした待合室。人気のなさ、緑ともグレーともつかない壁や天井の色、蛍光灯の味気ない光。それらが相まって、寒々しさを増幅させます。昼間に来たならばそこまでは感じなかったかもしれませんが。切符売り場の窓口では委託のオッチャンが暇そうにテレビを見ていました。

夜の岩泉駅正面。建物の二階は岩泉町の商工会が使用しています。

駅舎の右側には消防署の建物。

駅前広場。広さだけはありますが、建設当初から改修がなされているようには見えません。
乗ってきた列車が茂市に向けて折り返すまで47分の時間があったので、小腹を満たすべく飲食店を探しました。広場をはさんだ駅向かいに焼肉屋と「盛岡冷麺」なる看板を掲げた店の二軒がありましたが、焼肉を食いたい気分ではないし、「盛岡冷麺」の店のほうは店内が雑然としすぎているように見えたのでともにパス。駅正面からまっすぐ伸びる道をたどり、小本川にかかる岩泉橋を渡りました。こちら側には国道455号線(小本街道)が通っており、交通量はそこそこあります。橋を渡りきったところから右手すぐに「うどんそば」と書かれた看板を見つけたのでその店に入って肉うどんを注文しました。味は・・・まあ食えないこともなかった、と言っておきましょう。店を出ると小雨が落ちてきていました。

小本川の対岸から岩泉駅を望む。

駅横のトイレ。入口に分厚い木の板ででっかく「男」「女」・・・分かりやすいけどなんか風呂屋みたいだ。

当地の特産品が並べられたショーケース。「・・・」

岩泉駅の時刻表。

ここは終点。なのにホームを通り越して闇に消えていく線路が・・・。
折り返しの茂市行きは定刻どおり17時20分に発車。乗客は3人ほど。18時12分茂市着。ここから20分の待ち合わせで盛岡からやってくる山田線の普通列車に接続します。その間を利用して撮影を行なうことに。事務所にいた駅員さんに「すいません途中下車したいんですが」「(券面を見て)はいそのままどうぞ」「あのーハンコを・・・」「(・・・あーあーそういうヒトね)はいどうぞ(ポン)」で、外に出ました。

夜の茂市駅。

駅前広場。タクシー屋さんも一応いました。

駅舎内。まもなくストーブはフル回転でしょう。

かつて使用されていたタブレットと行先表示板。
山田線の普通列車は当駅で5分停車ののち定刻18時32分に出発。蟇目、花原市、千徳を経て18時33分に宮古駅到着。切符に「使用済」のスタンプを捺してもらって駅を出ました。

ホームでは大漁旗ふうの旗が乗客をお出迎え。

駅舎正面。

こちらはJRの駅舎の右手にある三陸鉄道北リアス線の宮古駅。

駅前広場。
駅からほど近いビジネスホテルに荷物を置いたのち、夕食を食べに再び駅前のほうに戻りました。行ったのは駅を出たところから右にまっすぐ行ってすぐのところにある「半酔」という居酒屋さん。結構繁盛しているらしく、テーブル席は仕事帰りと思われる地元の人たちでほぼ一杯でした。日本酒の種類いっぱい、魚類その他メニューも豊富。お値段も手頃。当地で「どんこ」と呼ばれているアイナメの一種を肝と一緒にタタキにしたものは、昆布か何かで濃厚なダシを取ったような風味が独特でウマカッタ。
明日の予定は当初のそれからちょっと変更です。時間の有効利用のため。
<<「旅行記 (その7)」へ戻る 「旅行記 (その9)」へ進む>>


