2007年12月20日

「バルカン・ラプソディー」 ヘルケンホフ (pan fl) 他 (独Oehms)

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ヘルケンホフ : ルーマニアの旅の絵葉書
バルトーク : ルーマニア民族舞曲(*)
ケラー : バルカニア
ハジエフ : 12のブルガリアの舞曲

ウルリヒ・ヘルケンホフ(パンフルート)
ミュンヘン放送交響楽団
指揮 : 上岡 敏之、エンリ・ラウダレス(*)

輸入盤 : 独Oehms Classics OC603

京都に楽器のメンテに行ったときに、同地のレコード屋さんで、パンフルートなるものがどんなものかもよく知らずに買ったディスクです。検索してみると、竹または葦を音高に合わせて切りそろえ、それを横に並べて吹く楽器だそうです。そうした構造のシンプルさとは裏腹に、半音を吹くときに息を吹き入れる方向など、微妙な技術が要求される奥の深い楽器であるとのこと。またこれに類する楽器は世界中に見られるが、ルーマニアの民族音楽においては「ナイ」と呼ばれ、現在に至るまで主要な民族楽器のひとつとしての位置を占めているということです。

このディスクでルーマニアをはじめとするバルカンの民謡に取材した曲を実に自然な息遣いで演奏しているヘルケンホフ氏は実はドイツ人。解説によると幼少から普通にピアノを学んでいた氏はようやく14歳になってから初めてパンフルートの音に触れて以来この楽器に魅せられ、奏法をほぼ独学で習得したのち、ソリストとして活躍する傍ら、民族音楽学者のマルセル・セリエ(Marcel Cellier)という人物の協力を得てルーマニアの民謡を深く研究したそうです。

このディスクの1曲め『ルーマニアの旅の絵葉書』は、パンフルートで奏されるルーマニア各地の民族的な旋律にオーケストラの伴奏を加え、ひとつの組曲としてのまとまりを与えたものです。ひとつめの「トランシルヴァニア(ルーマニア北西部)からの絵葉書」はラルゴのテンポで緩やかに奏されます。これを聴いてぼくは「ああ、どこかのコマーシャルか何かで聞いたことのある音だな。この調子でヒーリングっぽく最後まで続けるのかな」などと思っていたのですが、次の「オアシュ(同北部、ウクライナとの国境付近)からの絵葉書」に入ったとたんパンフルートに協奏曲のような、急速に駆け回る旋律が出てきたので驚きました。この曲には他に「オルテニア(南西部)」「ムンテニア(東南部)」からの「絵葉書」が含まれており(オルテニアからの「絵葉書」は2枚あるので「絵葉書」は全部で5枚)、全体としてパンフルートによる緩急自在の、技巧的な見せ場もたっぷりの「協奏風組曲」に仕上がっています。なおこの曲は奏者のヘルケンホフ氏自身の作ですが、解説によると氏は謙虚にも「自分は民謡素材にアレンジを加えただけ」と述べているということです。

次の『ルーマニア民族舞曲』はおなじみバルトークの有名作。「この曲には作曲家の類稀な才能だけでなく、ルーマニアの民族音楽の精神が自然のままで取り込まれている、よってこの曲をパンフルートで奏することはきわめて自然なことだ」という意味のことを、このあとに収録された曲の作曲者であるマティアス・ケラー氏が解説の中で述べていますが、まことにその言葉どおり、独奏パートをヴァイオリンに代わってパンフルートに受け持たせたこの演奏は実に違和感なく自然で、かつヴァイオリンのソロとはまた違った、より素朴な色合いを持っています。

続いては上述のマティアス・ケラー氏による、パンフルートとオーケストラのための『バルカニア』。解説によればケラー氏はウルケンホフ氏の演奏のピアノ伴奏をしばしば勤める間柄でもあるそうです。ジャケットの表記に「バルカンの虐殺の犠牲者に捧ぐ」とありますが、ケラー氏自身による解説の記述から、この「虐殺」とはコソボ紛争のことではないかと思われます。曲はパンフルートで奏される純朴な民謡の旋律がオーケストラによる戦争の脅威の表現に追われるようにしながら進行しますが、終結部は作曲者の意思でしょうか、オーケストラの全奏で締めくくられるにもかかわらず、一筋の希望を感じさせる控えめな長調の和音で閉じられています。

最後の曲はブルガリアの作曲家、パラシュケフ・ハジエフ(1912-1992)による「12のブルガリアの舞曲」です。オリジナルの伴奏はピアノのみですが、ここでは上記のケラー氏による、この録音のために書かれたオーケストラ編曲版が使用されています。解説書には「ブルガリア人の好む5拍子、7拍子、11拍子といった多様な『非対称的リズム』を生かした曲となっていることが、この曲の最大の特徴である」という意味のことが書かれていますが、聴いてみて実にそのとおりだと思いました。2拍子、3拍子、4拍子といった言わば「ありふれた」リズムとは違った仕方で自分の身体がシェイクされるようで、実に気持ちのイイ音楽です。

【関連リンク】
牧神の笛 大束晋パンフルート
Pan Flute パンフルート
パンフル−トに魅せられて
東欧の踊りと衣装
ルーマニア - Wikipedia
ルーマニア政府観光局
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2007年12月19日

クレーン、または釣竿。

やっと楽器をメンテに持っていくことができました。本当は9月か10月くらいに行きたいと思っていたのですが、仕事の都合で延び延びになっていました。工房は前に書いたように京都。

全体としてはおかしなところはナシ。ただ指板がだいぶ減ってきているとのことだったので、糸枕を含めて削ってもらいました。あとはもちろん弦の交換。ちなみに弓の毛の交換は現在ここの工房では事情によりできないとのことでしたので、徳島にある別の工房さんで済ませました。楽器本体もそこ(徳島)で見てもらう・・・という手もあるのですが、やはり最初から面倒を見てもらっている工房さんのほうが個人的に安心できるし、それに徳島でメンテをしてしまうと遠出をする理由がますます少なくなり、どこにも出かけなくなる、という理由で京都に通い続けています。

メンテを終わった楽器は良い感じ。湿気ていた音が乾いて軽く響くようになった感じ。ただしメンテに出す前は音の劣化をそれほどはっきり認識していたわけではないのですが。

で、あとは腕を上げるばかり・・・ということで京都から帰宅したその日から練習再開(もちろん、しばらくブログはサボっていましたが、練習はやっていましたよ・・・できるだけ)。

といっても、あまり進歩はなく、あいかわらず基本的なところであれこれ悩んでいます。腕の力みを上手く抜くにはどうするか。弦を必要十分なだけの力で押さえられるようにするには。等々。

まずタイトルで書いておいたことから。これも最近の思いつきなのですが、腕の力みを抜くために、身体をクレーンもしくは釣竿の本体、そして腕と手をワイヤーもしくは糸、針もしくはフックに見立ててやればどうか、というものです。

クレーンの操縦士さんは(もちろん人によって技量に差はありますが)、吊り下げたワイヤーやバケットを無駄に振り回すことなく目的の場所に落とします。このときワイヤーやバケットが自分で動いているわけではありません。あくまでクレーン本体の動きによって移動しています。で、自分の身体を使ってそのマネをしてみました。自分のこれまでの練習の流れからすれば、「身体を使ったボウイングその2」ということになります。まあ感触としては悪くないので、あとはこれに、左手の構え方、肘の使い方、手首に無駄な動きをさせない方法、を上手く混ぜることができればと思っています。

左手の構えについてはまたまた改造中。中指を、これまでほとんど親指と正対していた位置から少し前にずらす。やや閉じ気味だった指の間をこれまでより開き、手のひらの空間をもっと柔らかく使えないか試す。
「人差し指に邪魔をさせない」ことを考えるより、「他の指をもっと積極的に弓の操作に関与させる」ようにして、結果的に人差し指に頼る割合を減らす実験。その際に不可欠な、右手を必要以上に押し込んでいないかのチェック。手首をひねらせないための肘の操作。

A線を弾くときに、腕を全部そちらのほうになだれ込ませるのではなくして、C線側に荷重を十分残し、いわばカウンターウェイトのような具合にしてバランスと形を整えること。

左手と右手の動機の取り方をニ様に考え中。左手は思ったよりゆっくりやっても大丈夫なので、「やる気のない役人のようにあとからついていくつもり」というのがひとつめ。もうひとつは「左手は指のシモベ。右手は弾きたいタイミングで、弾きたい長さで弾く。左手はそれにご奉仕」がふたつめ。

左手はあまりよくない。肘の位置が分からない。音程が悪い。うまく行くときの感触を覚えられれば多少は進歩するかもしれないが。

一歩前進二歩後退、三歩前進?歩後退。
差し引きマイナスになってなければよいが・・・。
posted by とりぷる at 02:01| Comment(0) | TrackBack(0) | チェロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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